失恋した私を癒してくれた彼
20歳くらいのときのことです。「合コン」というような形ではありませんでしたが、同僚がセッティングした飲み会で知り合った男性がいました。
その日集まっていたメンバーの中では彼が一番背が高く体格も良かったので比較的目立っていたように思います。知らない人も来るとは聞いておらず、それほどおしゃれもしていなくて「失敗したな」と感じていた私は隅の席に座り静かに飲んでいました。
当時はそれほど恋愛に興味がなかったのと、仕事で小さな失敗をした直後だったので少し気分が沈んでいました。そんな私に彼は気さくに話しかけてくれました。
もちろん、その段階では恋愛に発展するような要素は何もありませんでした。日付が変わるくらいまで飲み、彼を含めて数人と連絡先を交換しました。
彼はイケメンではありませんでしたが、とても穏やかな顔をした人でした。出会いの印象は「いい人だな」という程度でした。
二次会で仕事の話になりました。軽く酔った私は、つい彼に仕事の失敗について少しだけ話してしまいました。すると彼は身を乗り出すようにして、すごく真剣に聞いてくれました。
とりたてて慰めの言葉があったわけではありません。しかし、ただ話を聞いてもらえただけでも、すごく嬉しく思ったのを今でも覚えています。真剣な表情に好感を持ちました。
恋愛に興味がなかったのは、その少し前に好きだった人に失恋していたからでした。その人とはとてもいい関係だったのですが、私が親しい友人を紹介したのを機に状況が変わりました。友人と、私の好きだった人が付き合い始めたのです。
その失敗をかなり引きずっていました。誰も信じられないような錯覚に陥っていました。その出来事により恋愛に対して非常に消極的になっていましたし、外に出る機会も減っていました。
飲み会に誘ってくれた同僚は、そんな私を見かねて連れ出してくれたのだと後で知りました。「また飲みに行こう」という約束をしてその日は解散しました。
当時は携帯電話もまだ普及しておらずPHSやポケットベルが主流の時代でした。彼からはPHSの番号を聞き、私はポケットベルの番号を教えました。
私から連絡することはありませんでしたが、彼からは何度か他愛もないメッセージが届き、少しだけ嬉しい気持ちになったりもしました。飲み会でも、メッセージでも、気分を盛り上げようとしてくれているのが伝わってきて、優しい人なのだろうなと思いました。
友達以上、恋人未満な彼との関係
それから半月ほどして彼から「一緒に飲みに行こう」と誘われました。少し悩みましたが、行ってみることにしました。
すると彼は家まで迎えに来てくれたんです。食事をして、おしゃれなバーに行きました。話題は尽きず、とても楽しい時間だったんです。帰りは、わざわざ家まで送り届けてくれました。
それから週に1~2度、彼と会うようになりました。行先は食事だったり、ゲームセンターだったり、本屋だったりと様々でした。
彼はいつでも朗らかで優しく、恋愛に消極的だった私でも、どんどん惹かれていきました。それほど家が離れていなかったこともあるかとは思いますが、彼はいつでも送り迎えをしてくれました。
彼の隣は、とても居心地のよい場所でした。半年ほどのあいだ、そういう日々が続きました。手をつないだりしたこともありました。でもずっと「友達以上、恋人未満」な関係でした。
付き合ってはおらず、恋愛関係であるかも曖昧でした。私は彼に恋愛感情を抱いていましたが、彼の気持ちはさっぱり分からない、という状況。
肉体関係はありませんでした。だから、ただの仲の良い友達、とも取れました。そんなころ、友人が恋人と別れたことを知りました。
前回の失敗が蘇ると共に嫌な予感がしました。友人と恋愛がらみで揉めるのは懲り懲りでした。さすがに何度も同じ失敗をしたくはありません。彼女には絶対に会わせないようにしよう、と心に決めました。
彼にはかなりの頻度で会っていましたが告白はできずにいました。「いい雰囲気」だったとしても、何が起こるかわからないのは前回身をもって学んでいましたから。
何度か告白は考えたりもしましたが勇気が出なくて。言わなければ先に進めないとしても怖かったんです。これだけ仲良くしていても、告白が失敗に終わる可能性は十分あるのですから。
彼と一緒に過ごした日々は本当に楽しかったです。いつも笑ってばかりいました。時々ですが、車で遠出をして、遊園地や、温泉などに行くこともありました。
いきなり夜中に電話をくれることもありました。くだらない長電話が本当に嬉しくて。
電話しているうちに彼がそのまま会いに来てくれたりもしました。一度もケンカしたことがありませんでした。気が付いたら、ずっと一緒にいたいと思うようになっていたのです。
「もしかしたら振られるかもしれないけれど、失敗でもいいから告白してみようか」
…いつしか、そう思うようになっていました。
恐怖のデジャブ!またしても友人が彼を、、
そして、ある日。二人で歩いていた時のこと。
誰かに呼ばれた気がして振り返りました。そこには友人の姿がありました。心臓が音を立てて鳴りました。
彼女が私に駆け寄ってきて、横にいる彼に気付くと可愛らしい笑顔で挨拶をしました。
頭の中が真っ白になりました。前回もこんなふうにして始まり、恋に破れたことを知りました。
その日は飲みに行く予定でした。そして、彼女もそこに着いてきてしまったんです。「一緒に行きたい」と言われたとき断る理由を探しました。
でも特に何もありませんでした。
「あぁ私は、また失敗したんだな」と彼女の笑顔を見ながら思いました。
親しい友人です。でも、もしかしたら、親しいと思っていたのは私だけだったのかもしれません。彼女のほうが恋愛のテクニックはずいぶんと上でした。あっというまに連絡先を交換している二人を呆然と眺めていました。
その日は早めに帰宅しました。そしてそれ以降、毎回ではありませんでしたが、彼女も一緒に飲みに行くようになったのです。
彼が誘っていました。私は焦りました。今回こそは同じ失敗はしたくないと思ったんです。恋愛に消極的だった気持ちを彼が変えてくれました。
一緒にいたいと思える大事な人でした。そこで告白しようと決めたんです。彼に会うために電話をしました。
電話に出た彼は私の話を聞くより先に「あの子と付き合うことになった」と、嬉しそうに教えてくれました。
何も言えず彼のノロケ話だけを聞いて電話を切りました。
彼は私の恋心には気付いていなかったようです。恋愛って難しいものだな、と、いま振り返っても思います。
あの日もしも彼女に会わなければ、こんなことにはなっていなかったかもしれないと思うと、悲しくて仕方がありませんでした。緩やかに彼とは距離を置き始めました。
そして、友人とも。
偶然とは言え同じことが何回も続いていて、とても耐えられなかったんです。失敗したのは私です。彼女だけを責めるわけにはいきません。
納得がいかない気持ちは否定できませんが、でも、こうも続いては。
二人は何か月か付き合って別れたようです。
でも、「また彼に連絡しよう」とは思えませんでした。恋愛なんて、としばらくは泣き暮らしました。友人とは連絡を取らなくなりました。
月日が過ぎ、やがて私にも恋人が出来て結婚もしました。
それでも時間が経った今でも思い出すと悔しいし、失敗したな、と感じます。
忘れられない出来事です。